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静岡地方裁判所浜松支部 昭和43年(ワ)419号 判決 1969年9月26日

原告

林征市

ほか一名

被告

伊藤文夫

ほか一名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は

「被告両名は、各自原告両名に対し、それぞれ金七五万〇〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告等の連帯負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言を求め

その請求原因として

「一、原告林征市は亡林南志郎の実父であり、原告林ともは亡林南志郎の実母である。被告有限会社三和製作所は、訴外富士電気株式会社の下請会社であり、浜松五せ七三八七号普通乗用自動車を所有して自己の業務のため運行の用に供していたもの、被告伊藤文夫は前記富士電気株式会社に勤務し、右被告会社より右乗用車を借受け、運転業務に従事していたものである。

二、被告伊藤は、昭和四三年二月二七日午前一時四〇分頃、静岡県志太郡岡部町内谷一〇番地先国道一号線において、隣りに訴外林南志郎を同乗させ、右車を運転し、時速約五〇粁で前方を同一方向に進行していた大型貨物自動車に約五メートルの車間距離をおいて追従していたが、同所は追越禁止区間であるので、同区間を通過し終るまでは中央線を越えて進出する如き無暴操縦は厳に慎み、あくまで前車の後方を追尾進行し、もつて危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、不注意にもこれを怠り、偶々道路が右にゆるくカーブしていたことから、前車の前方の状況を見ようとして、中央線を越え道路右側部分に進出した過失により、折柄対向してきた利木勉の運転する普通貨物自動車を前方約二二メートルに発見し、危険を感じ把手を左に切つたが間に合わず、自車の右前部を同車の右前部荷台角付近に激突させ、よつてその衝撃により自車に同乗中の前記林南志郎(昭和二一年一月三一日生)を路上に転落させよつて同人に対し、頭蓋底骨折の傷害を負わせ、同日午前二時同所六五〇番地加藤病院において死亡するに至らしめた。

而して被告伊藤は、昭和四三年七月一一日静岡地方裁判所に業務上過失致死被告事件により公判請求され、同年一一月一四日同裁判所において、禁錮一年四年間執行猶予の判決言渡を受け同年一一月二九日確定した。

三、以上の次第で、本件事故は、被告伊藤が、追越禁止区間に指定された箇所で中央線を越えて、道路右側に進出した無暴操縦に基因するものであり、同人は、行為者として民法第七〇九条により、本件事故により、訴外林南志郎の蒙つた物的心的一切の損害の支払義務があるし、民法第七一一条により、南志郎の父母、妻に対する慰藉料支払の義務がある。被告会社は自己のために運行の用に供していた自動車の運行によつて、本件事故が発生したものであるから、自動車損害賠償保障法第三条により被告伊藤の支払うべき損害を支払う義務がある。

四、損害額は、次のとおりである。

(一)  亡林南志郎の損害

(1)  治療費 金七六七六円

(2)  逸失利益の損失

亡林南志郎は富士電気化学株式会社に勤務しており、死亡前三ケ月の給与は

昭和四二年一一月 金四万一七四一円

同年一二月 金四万一三六五円

昭和四三年一月 金四万〇五〇〇円

であつた。従つて一ケ月平均は

金四万一二〇二円であり、一ケ年合計では金四九万四四二四円である。

次に賞与をみると

昭和四二年夏期賞与金五万二九〇〇円

同年年末賞与金六万二一〇〇円であるので

一ケ年の給与および賞与の合計は

金六〇万九四二四円である。

一ケ月の自分の生活費を一万円とみれば一ケ年間に金一二万円となるので、一ケ年の得べかりし利益の損失は金四八万九四二四円である。死亡当時南志郎は二二才であるので、六〇才迄働けるのは当然である。その間の昇給等を考慮にいれずに計算しても、三八年間であれば年五分の中間利息を控除すれば逸失利益は次の通りである。

金六四一万三一四二円

(3)  慰藉料

本件事故が被告伊藤の一方的な重過失に基因するものであり、南志郎の責められるべき点が何もないこと、二月二七日午前一時四〇分事故発生するや同日午前二時には死亡しており、その苦痛たるや筆舌のよくつくすことの出来ないものであること、妻静子とは昭和四二年六月五日結婚し、将来の生活設計等大きな希望を持つていたのに、一瞬にして消失せしめられたこと、等より見てその精神的苦痛は絶大なものがあり慰藉料は

金一〇〇万〇〇〇〇円

支払われるべきものと考える。

以上合計すると

金七四二万〇八一八円

となり、右は両親である原告両名(相続分四分の一ずつ合せて二分の一)と妻である訴外林静子(相続分二分の一)によつて相続されたので、それぞれ次の通りとなる。

原告 林征市 金一八五万五二〇四円

原告 林とも 金一八五万五二〇四円

訴外 林静子 金三七一万〇四〇九円

(二)  訴外林静子の慰藉料

林静子は、昭和四二年六月五日林南志郎と結婚し、新家庭を作り、大きな希望をもつていたのに一瞬にして最愛の夫を失い寡婦となり、その精神的苦痛は絶大なものがあり、

慰藉料 金一〇〇万〇〇〇〇円

支払われるべきものと思料する。

(三)  原告両名の慰藉料

南志郎は、原告両名の二男として出生し、幼時より成績もよく、二男であるため学校を卒業するや他へ勤務させることとし、富士電気化学株式会社鷲津工場に勤務するようになつた入社後も成績もよく将来を嘱望され、漸く昨年静子と結婚し希望をもつたところ突然死亡するに至り、両親の悲歎はこのうえもなく、寝こんでしまつたような事情にあり、その精神的苦痛は甚大である。そこで慰藉料としては、それぞれ次の通り支払われるべきが当然と思料する。

原告 林征市 金一〇〇万〇〇〇〇円

原告 林とも 金一〇〇万〇〇〇〇円

結局以上を合計すると

訴外 林静子分金四七一万〇四〇九円

原告 林征市分金二八五万五二〇四円

原告 林とも分金二八五万五二〇四円

ということになる。

五、ところがこれに対し東京海上火災保険株式会社より、金三〇〇万三七一三円が支払われ、日動火災海上保険株式会社より、金三〇〇万三九六三円が支払われたので、これを相続分により計算すると

訴外 林静子分 金三〇〇万三八三八円

原告 林征市分 金一五〇万一九一九円

原告 林とも分 金一五〇万一九一九円

が支払われたことになる。

前記の金額より、それぞれ差引くと

訴外 林静子分 金一七〇万六五七一円

原告 林征市分 金一三五万三二八五円

原告 林とも分 金一三五万三二八五円

が支払われておらず、被告等は右金員を支払うべき責任がある。

六、訴外林静子は、保険金の支払をうける時も、勝手な行動をとり原告両名と紛争を生じ、今回も伊藤と懇意なためか、原告等と同調することを好まない様子なので、原告両名が本訴提起に及ぶ次第であるが、被告両名に対し、次の通り請求する。

(一)  各自原告林征市に対し、金一三五万三二八五円の内金七五万円の支払い。

(二)  各自原告林ともに対し、金一三五万三二八五円の内金七五万円の支払い。

(三)  右金員に対する昭和四三年二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払い。」

とのべた。

〔証拠関係略〕

被告等訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として

「請求の原因中、

第一項のうち被告伊藤が被告会社より乗用車を借受け、運転業務に従事していたものであるという点は否認し其の余は認める。

第二項のうち被告伊藤に過失があつたと言う点は否認し、其の余は認める。

第三項乃至第六項は否認する。

本件事実関係は次の通りである。

一、被告伊藤、訴外亡林南志郎及び山本登の三名は静岡県浜名郡湖西町所在の富士電気株式会社に勤務していた同僚であるところ昭和四三年二月二十六日は会社の残業があり、午後七時過ぎ頃会社を出て附近の飲食店に赴き、夕食を共にした。その際九時過ぎになつてしまつたので、右三人で協議の上、被告有限会社三和製作所より乗用自動車を借受けて亡林南志郎宅まで行くことになり、同会社から借受けた自動車を被告伊藤が運転し、同林南志郎及び山本登の両名が同乗し、浜名郡雄踏町の亡林南志郎宅に向つて進行した。処がその途中弁天島国道を進行中、三名協議の上、静岡市鷹匠町所在の富士電気株式会社静岡駐在所に居住する同僚の与田を訪ねながらドライブを楽しむことに一決し、亡林南志郎方へ一旦立寄り、すぐ同所から静岡市へ向い右駐在所に赴いたところ、与田が不在の為引返し、帰宅の途中本件の事故を惹起したものである。

二、亡林南志郎は、被告伊藤及び訴外山本登と共同して、被告有限会社三和製作所の代表者中村修二より、乗用車を、浜名郡雄踏町の亡林南志郎宅まで行くと云う条件にて借受けたのにもかかわらず、同人達三名は、貸主である被告会社の意思に反して静岡市迄深夜のドライブに利用したものである。その結果、自動車事故を起したものであり、被告伊藤が運転していたのであるが、自動車の貸主である被告会社に対する関係に於ては、自動車の借主としての共同責任を亡林南志郎も負担すべき立場にある故、自賠法に云う運行供用者とは云い難い。従つて被告会社に対する本訴請求は棄却さるべきである。

三、亡林南志郎は、被告伊藤等と共に深夜のドライブを共にしたものであり、自動車運行については共同の責任者であり民事的責任を追求すべき立場ではない故被告伊藤に対する本訴請求は棄却せらるべきである。

四、訴外林静子は亡林南志郎と昭和四二年六月五日結婚し爾来二人は林南志郎の両親である原告等とは別居して独立の生計を営んで来たものである。

そして亡林南志郎が勤務先である富士電気株式会社より貰う給料等は同人等夫婦の生活費等に充当してきたものであり、その得たる給料の一部等を亡林南志郎の両親である原告等に対して送金等するような事はなかつた。従つて仮りに亡林南志郎が本件の交通事故により死亡するというような事がなく引き続き右会社に勤務していたとするならば、その得たる給料等はすべて林南志郎夫婦及びその子供の生活費等に充当せられたのであり原告等にその利益が帰属するはずはない。

本件の事故により亡林南志郎の遺族は、自賠法により六百万円余の保険金を受領し、そのうちの約半分を原告等は分配を受けて居るのである。

この保険金は大部分将来の得べかりし利益を算定したものであり、此の逸失利益を実質的に享受するものは林南志郎の妻林静子であり、原告等は単に慰藉料の請求が出来得るのみである。既に受領した保険金によつて原告等の賠償額は充足せられたとするのが社会通念に合致する。」

とのべ、

抗弁として

「一、林静子は夫林南志郎が死亡当時妊娠二ケ月の体であり、同女は此の胎児を出産させるべく希望しておつたにもかかわらず原告等は同女に対して甘言を弄して中絶するように強要し、遂に胎児を中絶せしめるに至つたものである。

若しこの胎児が予定通り出産したならば原告等は法律上に於ても何等相続権はないのである。

このような事情を勘案しても原告等の請求は社会正義に反し許さるべきではない。

二、林南志郎の妻訴外林静子は、遺族の代表者として既に被告伊藤と示談をとげ、前記保険金の他に百二十万円を受領して解決済の事案である。」

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

先ず、被告等主張の抗弁を判断する。

原告両名が訴外亡林南志郎の父と母であり、訴外林静子はその妻であることは当事者間に争がない。そして〔証拠略〕によれば、次の各事実が認められる。

(1)  亡林南志郎(事故当時二二才)は原告両名の次男であり、妻静子(事故当時二一才)とは昭和四二年六月五日に結婚して以来、原告両名とは別居して独立の家計を営み、妻静子も会社に勤め共稼して経済的には原告両名より全く独立し、原告両名も田七反、畑一町歩をもち、他の子女も独立して余裕ある経済生活を営んでいて亡南志郎より経済的援助を受けることは全くなかつたこと

(2)  本件事故の日である昭和四三年二月二七日より一週間以内の時期に原告林征市は、豊橋交通事故相談所に行き、本件事故について原告両名にも損害賠償の相続権があることを聞いて知つたこと。

(3)  原告両名は、その直後原告方において静子の母や仲人を集めて静子が当時妊娠中で二ケ月の胎児をもつていることにつき、前後策を協議し、結局原告両名の強い要求によつて、静子自身は出産を希望したのに拘らず右胎児を中絶するのやむなきに至りその費用として原告両名は金五千円を静子に与えたこと。

(4)  その際、原告両名は意向として、静子が亡林南志郎の子を生めば静子自身が将来経済的に困窮するであろうし、原告両名もその生れた子(即ち孫)の養育を援助できない旨を申し聞かせたこと。

(5)  その後、本件事故の自賠法による補償として合計約金六〇〇万円が静子に交付されると、原告両名はその半額を要求して、民事訴訟を提起し、静子は訴訟上の争をさけるため金二七〇万円を原告等に交付して示談したこと。

以上認定の各事実を綜合すれば、原告等は本件事故に基く損害賠償請求権の相続権を確保するために、静子に対し堕胎を教唆乃至幇助したことが窺われる(胎児が生きて生れれば相続権を失うからである)。しかも最初は如何にも静子自身の将来の生活の不安を懸念するかの如く装い、静子が胎児を中絶するやその生活に不安のある静子に対し逆に保険金の半分という大きな額を、自らは前記のように何等不自由のない経済生活を営んでいながら、訴訟の力を借りてまで強要したというのである。要するに原告等は、このように亡南志郎の遺妻である静子を極度に狡猾冷酷に搾取した点においてと、亡南志郎が健全に成長するのを希求していた忘れ形見の胎児をもこの世から抹殺するに至らせたという点において、亡南志郎が礎き上げた家庭を破壊し亡南志郎の意志を蹂躙したものといえる。

しかして原告等はこのような遺志蹂躙行為自体を手段として故人に対する相続権を主張しているのであるから、このような相続権の主張は民法第八九一条第一号所定の「先順位にある相続人を死亡するに至らせた場合」及び同法第八九二条所定の被相続人に対する「虐待・侮辱・非行」の場合と同等の反社会性を有するものというべきであつて、権利の濫用として到底許すことはできない。

従つて原告等は、本件事故より生じた亡南志郎の損害賠償債権につき相続権を主張できない。

次に原告等が本件事故につき民法第七一一条に基く固有の慰藉料請求権を持つかどうかの点については、前記のように原告等は故人の遺志を全く蹂躙しているのであつて故人の死を飽くことを知らぬ利欲実現の手段とのみ考え、故人に対する真の愛情の片鱗だになきものというべく、従つてその死亡により慰藉料を受くべき精神的被害を受けた事実は全くないからこの請求も根拠がない。

以上の次第で原告等は本件事故につき何等の請求権をも主張できないことは明白であるから、原告らの請求はその余の主張事実について判断するまでもなく、失当として、棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 植村秀三)

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